移動(逃げる)できる自由があるのなら堂々と行使すればいい

移動の自由

日本に震災が発生したとき、アラブ革命、ウクライナの内戦、中国国内の人権侵害・バブル崩壊などが起こった時、一部の人はさっさと住んでいる場所を放棄して、別の場所に移動しました。
 
震災後に放射能リスクを避けるために、西日本や海外に移動した人がいました。そして移動した人に対して、卑怯者、逃げやがった、俺は逃げないなど、いろんなバッシングを浴びせていました。
 
しかし、巨大な震災や天変地異、戦争、経済破たんなどが起きて対抗できる人はいません。対抗できないのに移動すると、逃げたと批判する人が出てくるものです。これは、リスク管理、愛国心、嫉妬、風潮などいろんな感情や情報はごちゃごちゃになっているからだと思います。
 
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嫉妬する側ではなくされる側にたてるか?

 
被災地や戦地の支援をしたいと思う気持ちは、程度の違いこそありますが誰でも持っています。これは強制するものではなく、自然に持つモノであり、他人がとやかくいう事ではありません。
 
目の前で怒っている現実に対して徹底してリスク管理するなら、その場から移動するのもリスク管理の一つなのです。天変地異に勝つことは出来ないのですから、せめて子供だけでもリスクから遠ざけなければいけません。
 
いま日本はアベノミクスによって経済が上向きのように演じられています。集団的自衛権の解釈変更により、戦闘行為に対して大きく一歩を踏み出してしまいました。
 
以前の記事にも書きましたが、アメリカやイスラエルに存在する軍事企業は、戦争が起これば起こるほど利益を上げられるのです。逆に戦争が起こらなければ利益にならないのです。
 
移動の自由
 
世界2位と3位の経済大国が小競り合いをしただけで、軍事費は猛烈に膨れ上がります。そうすれば軍事企業は日本にも中国にも武器を売れますので、願ったり敵ったりです。世界の軍事産業よって、日本の政治家や中国の政治家たちはとっくに買収、洗脳されています。
 
尖閣諸島をネタに日中で衝突を起こそうと、長期間にわたって工作活動をしています。規模は別にしていずれドンパチが始まると思っています。その時に我々は日本から脱出する権利を持っているのです。
 
日中間でドンパチが起こり、日本から出ていくと『売国奴』と唸る日本人がわんさか出てくるでしょう。なぜ唸るかと言えば、自分は出ていける環境にないからです。出ていけるほどの資金が無いからです。
 
このように移動できる自由を持つ人と持たない人が、日本にも出来上がっています。中国を見れば明らかでしょう。巨額の資金を持って中国の富裕層は欧米に移動しています。国内では相当叩かれていますが、叩いているのは移動できない層です。
 
移動できる層と移動できない層の格差はますます広がっています。移動できる層に位置すべく、我々は準備しなければなりません。
 
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コメント

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  • コメント (2)

    • sandwich
    • 2014年 8月 03日

    以前から不思議に思っていたことがある。
    度たび、南から北朝鮮に入ってしまう米国人がいた。すると以前の米大統領がわざわざ北朝鮮まで出向き、北の政府側と交渉し、捕まった米国人の救出をするのだ。たった一人の国民を救うために。
    その費用は米国民の税金からでているのだろう。

    一方、日本人は出て行った者に対して冷たい。
    最近では戦争中のイラクで拘束された若者達の件がある。国民の税を救出のために使う必要はないと叩かれた。確かに政府の警告にも関わらず、戦争地へ出かけていくのは無謀極まる。
    この後、イラクに入った青年kさんは、武装集団の人質となり、命を取られた。

    これは今に始まったことではない。
    旧満州から命からがら逃げ帰って来た引揚者に対しても日本政府というより、日本人はそうとうに冷たかったのではないだろうか? 

    「ワイルドソウル」という作品を読めば、ブラジルへの移民政策はそうとうが棄民政策だったのがわかる。

    牧畜民にとっては子羊も立派な財産で、たとえ一匹が迷子になっても羊飼いは必死に探しに行くという。
    しかしながら稲作農耕民の村社会は村人には親切、いやそうとうにお節介だが、出て行った者に対して保護はしない。

    村社会を出ていくのは自由だが、なにがあっても戻ってこず、現地で生きるという覚悟が必要かもしれない。

    • タイガー
    • 2014年 8月 03日

    sandwichさん

    素敵なコメントありがとうございます。

    >村社会を出ていくのは自由だが、なにがあっても戻ってこず、
    >現地で生きるという覚悟が必要かもしれない。

    賛成の部分が多々あります。自分が住む地域や国を出る以上、新天地で努力し続けるのは必修だと思います。確かに日本人は出ていったものが帰ってきたときに冷たい面があるかも知れません。

    私は次の新天地が必ずしも未来永劫反映するとは思えないのです。仮にアジアに移動したとしても、通貨危機や経済危機が発生し、一気にダウンするかも知れません。

    どこの国にも共通するのはグローバル化で、格差が広がり、格差の下に位置してしまうと、相当苦しい人生を送ることになってしまいます。そうならないために、移動できる層に、一般人が得ることが出来ない情報を得れる層になるのが賢明だと感じています。

    今後ともよろしくお願いいたします。

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